[投稿者]by:由(ゆかり)_φ(^▽^*)

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もう20年近く前のことだと想うんだけれど、レンタルビデオ屋さんで借りた「みどりのおやゆび」というアニメが今でも、わたしの心の中に深く残っている。

YouTubeで探したけれど、残念ながら日本語版のアップは無かったけれど何語になるのか…なんかドイツ語!?かフランス語!?っぽいような分はあったので、下に貼ることにする。

このアニメは、フランス作家モーリス・ドリュオン原作の同名小説の日仏合作による劇場用アニメ作品。

観る人によっては、それこそ「お花畑」主義的な平和ボケの人たちのためのアニメに見えて、メッセージ性を感じる不快なモノに映るのかもしれない…

だけど、わたしは人間の中から平和を愛する心と戦争にしない覚悟が消えてしまったら…人は人間としての終わりを迎える時なんじゃないかと思っている。


今でも、このアニメを観ると涙が止まらなくなる…

ただ純粋に、こうした日が訪れることを願ってやまないし、
これからも、わたしは信じたいし、信じる!

時代は19世紀のフランス。金持ちの息子チストは、不思議な力を持っていて、彼が親指で触れたものには、花が咲き乱れるのだ。彼は、その力で、刑務所の壁や、貧民窟やに花をさかせて、人々の心を明るく変えていく。

チストは父親の兵器工場(交戦国双方に戦車などを売っている)で、次々と戦車に親指を押し当てて回っていく…そして戦場で撃たれた戦車からは砲弾の変わりに花が飛び交う…

【みどりのおやゆび】の全編は (日本語ではありません)

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ストーリー

チストは、やさしい両親や召使い、そして、言葉が通じ合う仲良しの子馬ジムナスティックたちに囲まれて何不自由なく育っていた。やがて、チストは小学校へ通うが、いつも居眠りばかりしているので学校をやめさせられてしまう。

両親は考えた末、学校で教育できないのなら実際に物事を観察して覚えさせるしかないと思い、庭師のムスタッシュの所へチストを行かせる。そこでチストは、植木鉢に土を入れて、親指で穴を開け、それを並べることを頼まれる。全部終わってチストがムスタッシュを呼びに行き戻ってくると、植木鉢全部に花が咲いていた。

ムスタッシュは、チストが奇跡を起こすみどりのおやゆびを持っていることを発見するが、このことは二人だけの秘密にしておくことにした。

そんなある日、チストは、お父さんの工場で働くトルナディスに連れられ、町について学ぶ事になった。そこで、刑務所や町はずれの貧民街や病院へ行き、不幸な人々を目にしたチストは、みどりのおやゆびを使ってそこに花を咲かせ、人々の心をなごませるのだった。

チストは父親の兵器工場(交戦国双方に戦車などを売っている)で、次々と戦車に親指を押し当てて回っていく…そして戦場で撃たれた戦車からは砲弾の変わりに花が飛び交う…戦争で荒んでしまった兵士たちの心の中にも平和が訪れていく…そして彼らは戦うことをやめていくのだった。

チストのその力は戦争をもやめさせることになったのだった。

そんなある日、ムスタッシュが死んだ。チストは花をいくら咲かせても消えない悲しみがある事を知った。やがて、チストは地面に親指を差し込んで、空へ届くほどの“はしご”を作る。そして、チストは天国のムスタッシュに会うため、ひとりで“はしご”を登っていったのだった。

選挙が終わって自民党の圧勝となり、憲法改正は現実的なモノへと移行していくのかもしれない。

北朝鮮が核開発している現状を踏まえても、今尚、世界の何処かで戦争や内戦や紛争といったことが繰り返されている事実をとっても、人類が武器を放棄することなどリアリズムからは程遠いのかもしれない。

だけど…だからといって、それを容認し続けてしまっていたんでは人類が平和を手に入れることなど逆に絶対なくなってしまうことになってしまう!本当にソレで、いいのだろうか!?という素朴な疑問が、わたしにはある。

何か運動を起こす!というコトができないわたしができることなんて、たかがしれている。
だけど、こうして自分自身の考えや想いや気持ちを書くことはできる。

発信になるほどのモノではないにしても、黙って何もせずってことは…わたしにはできない!

何のために、この時代に生まれてきたのだろうか!?
どうして今という時代で、この国に生まれたのだろう!?


わたしの中には、そんな想いと気持ちが何処かあって…自問自答しているところがある。あの戦争で自らの命を犠牲にしていった先人の方々のことを考えると、今の日本の現状を想うと…正直、涙が止まらなくなるほど申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

こうやって自分自身パソコンを遣ってブログを書いてる者として、凄く矛盾していることではあるんだけれど…わたしは今の便利な現代社会というのが自分の波長には合わないところがあって、アマゾンなどの秘境で暮らしている今尚、自然と伴に生きている人たちが羨ましく想うことがよくある。

わたしたちの先人は、今のような日本を望んでいたのだろうか!?
本当に便利な世の中が幸せに繋がっていってるのだろうか!?

わたしは、やっぱり何処かで間違ってしまった!としか思えない。

人間らしさ…本当の人間らしさって何なんだろうか!?
本当に人間にしかできないことって何なのか!?


この先も、こうした疑問は…わたしの中で繰り返されるのかもしれない。

だけど、わたしは信じたい!

この世に存在する命あるもの…は、子孫を残すためにも精子でさえ戦っている!

けれど、そんな中に於いて唯一、戦うことを止められる存在が
何か!?と考えたとき…わたしは個々の人間そのものしかいないと思っている。


だから、わたしは信じている!
いつの日にか人間自らが武器を放棄する日が訪れることを…

人間には、その智慧と能力と愛が備わっているはずだから…

template/by.Fukuyū

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