[投稿者]by:由(ゆかり)_φ(^▽^*)

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以前『金銭的な供養よりも』の中で少し書いた女性の霊のことを書こうと思う。その中でも少し触れたが、わたしの両親は所謂ところの先祖代々の墓というところにはいない。父は身内もいなかったし。母は親から勘当されていたこともあって、わたしが生まれた家には墓というものが存在していなかった。

もちろん位牌とかはあったので仏壇はあったけれど…わたしの両親も複雑で、離婚して、また再婚して最後にまた離婚している。でも…亡くなってからは、また同じお寺さんでお世話になっている。

両親は大阪の一〇寺という宗派を問わず、納骨を受けて下さり納められたご遺骨は10年分をひとまとめにしてお骨佛(遺骨で造られる阿弥陀如来像)を造立供養してくださっているところにいる。

なので…当然、様々な人の霊も留まっていたり。さ迷ってたりすることになる。

1993年12月25日に父が亡くなり。母が2004年7月7日に亡くなったこともあり。わたしは1度だけお参りに行ったものの、それ以降は行っていないんだけど。両親が12/25と7/7ということもあって、1年に1回わたしに逢いに来てくれてる。そんな気がしてならないときがある。

その1度だけお参りに行った際に、出逢った女性の霊がいた。

その1度だけ行ったときに、覚悟はしていたものの憑依されてしまった。一〇寺さんの駐車場に着くなり、「なんかいるなぁ~」とは感じたものの…家族と一緒に、わたしは歩き続けていた。異変を感じたのは、お参りを済ませ駐車場に戻る途中だった。

誰かが後ろをついてくる気配を感じ。わたしは自然と足を速めていたんだけれど。念のために駐車場でカバンに入れていた清めの塩を一舐めしたものの…時すでに遅しの状態になっていたようで…

車内に乗り込むと異変が現れ始めていた…その霊体は女性だった。泣きながら、「私の所へは誰も来てくれない…」と、そう訴えるように言ってきた。子供たちも間近で豹変したこともあって、とても心配してくれていたんだけれど…

どうにか福(ふく)ちゃんが話を聞き宥めてくれたようで…30分ほどして、落ち着いた。

福(ふく)ちゃんの話では、「中には、いっしょくたんにされ自分の骨で仏像にされるということを、快く感じていない連中もいてるんやろなぁ~」と言ってた。「特に、この世に未練を残している場合そう思うのかもしれんな…」とも言ってた。

カタチとして残してしまうことによって、余計にその未練を募らせてしまうんだろうと…言われてみれば、そうした供養も人間が良かれと思ってしていることではあるけれど…

考えてみたらそうだなって思うこともある。

わたしは霊的なことを金銭的なものにすることに対して、正直よい気持ちは持ってない。まぁ仕方ないことなのかもしれないんだけれど…でも悲しいことだなと思っている。もちろん命の危険がある場合もあるので、その代償と言われてしまえば…返す言葉は、わたしにはないんだけれども…わたしは絶対に自分が霊になることはないと、今は断言することなんかできないから。

それは…きっと死んでからじゃないと解らないかもって思っているので。

わたし自身は同じ魂を持つ仲間としては、無償の愛でサポートしていくことを…自分自身では大切に感じ思っているし。それ以外にはできそうにもないし。力や能力を持ってるってことでもないから、誠心誠意で向き合うしかできない。

だから、これからも自分らしく向き合っていくんだと思ってる。

だって…やっぱり、あの世で再会したときに、笑顔で逢いたいと思うし。
共に学んでいく仲間として人も霊も、わたしには大切な存在でもあるので…

困っている相手がいたなら、それが人であっても霊であったとしても区別することなく。
わたしは、その言葉に耳を傾ける気持ちだけは失いたくないから…

template/by.Fukuyū

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